つぶやき 実験 観察 教材

最後の化学実験

教室で同じ「炎色反応」を扱っていても、授業の進め方によって、生徒が体験する学びの質は大きく変わるように感じます。

「この元素はこの色になるから覚えておこう」と説明から入る授業と、

「いま見えたこの色の違いは、どうして起こるんだろう」と問いから始まる授業。扱っている題材は同じでも、生徒の目の動きや教室の空気はまるで違ってきます。

説明中心の授業は、目標がはっきりしていて効率的です。限られた時間の中で必要な知識を整理し、確認していくことができます。一方で、生徒にとっては学びが「正解にたどり着く活動」になりやすい面もあります。すでに答えが示されているため、自分の中から疑問や仮説が生まれる余白はそれほど大きくありません。教師が示した道筋をたどることで理解は進みますが、「なぜだろう」と立ち止まる機会は少なくなりがちです。(これは塾でやれば良いよね。)

そこで今回は、学年最後の授業として少し違う形を試してみました。炎色反応を四種類用意し、「どうやったら炎を白っぽくできるだろう」と生徒に投げかけてみたのです。色の名前を確認する時間ではなく、目の前の現象をどう扱うかを考える時間にしてみたかったからです。

生徒たちはすぐに動き始めました。「色を混ぜたら白になるのでは」「強い色を弱めればいいのでは」「同時に燃やしてみよう」「量を変えてみたらどうだろう」。こうした考えは、正しいかどうかよりもまず、生徒なりに現象を説明しようとして生まれてきたものです。

誰かに教えられたわけではなく、自分の感覚や経験からつくられた仮の答え。それを試し、うまくいかなければまた考える。その繰り返しの中で、教室には自然な議論と試行錯誤が生まれていきました。

理科の授業をしていると、生徒は決して「何も知らない状態」で教室に来ているわけではないと感じます。むしろ、すでに自分なりの理屈やイメージを持っていて、それを使いながら世界を理解しようとしています。だからこそ、知識を伝える前に、その考えが外に出てくる時間をつくることには大きな意味があるのかもしれません。炎色反応の色は暗記すべき項目ではなく、「目の前の不思議をどう説明するか」という問いを支える手がかりとして生き始めます。

もちろん、すべての授業で時間をかけた探究ができるわけではありません。それでも、ときどきこうして現象に向き合い、自分の考えを試す時間を持つことは、理科という教科の魅力を伝えるうえで大切なことだと感じます。最後の授業で見た、生徒たちが炎を囲みながら真剣に議論する姿は、色の名前を覚えたこと以上に、何かを残してくれたように思います。

理科の学びは、正しい知識を積み重ねていくことだけではなく、目の前の出来事に心を動かし、自分なりの説明をつくろうとする営みでもあります。炎色反応という小さな現象を通して、そのことを改めて感じた一時間でした。なかなか振り切れない大きな原因を考えると、やはり入試なのかもしれないなとなってしまいます。

模擬試験・共通テスト・国公立2次の多くは
・ナトリウム=黄
・カリウム=紫
・ストロンチウム=赤
といった“炎色反応の色の再現”を問う形式でしょう。つまり情報をそのまま想起できるかが問われるため、
「炎色反応はこの色です、覚えてください」という授業は、試験の形式に完全に一致していのだと思います。つまり、短期では圧倒的に有利。

ただし、長期的には「どうして?」型の方が圧倒的に強い

一度“不思議さ”を通して仕組みを理解した生徒は忘れにくい。
学習プロセスで
・観察
・疑問化
・仮説
・説明
・再確認
という一連の流れで知識を身体化するからです。

PBL的授業展開が理解の持続性が高いことが、国内外の研究でもたびたび指摘されている通りです。結果的に、大学入試の応用問題(2次試験)では「なぜ?」型が強いですよね。

例えば
・スペクトル線の理由
・電子配置との関係
・金属イオンの判別方法の比較
                     といった問題は、暗記だけでは届かないと思うんです。

まあ、高校校舎に異動して一年間で何ができたのかっていう問いにはなんだか答えにくいのですが、自分の残りの教員生活を考えると、ちょっと流石にこれじゃあダメだよなぁと思い、次のステップにということです。一年間、しょーもない授業を真剣に受けてくれた生徒のみなさんには感謝しかありません。

次年度からはおそらく「土台を作る」場所で少し頑張らないなとなぁという気分です。

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