ネパールを歩いていると、日本とは少し違うカラスが目に入ります。
黒い頭と翼、そして胴体は灰色。いわゆるイエカラス(House Crow)です。日本のハシブトガラスやハシボソガラスと違い、はっきりしたツートーンカラーをしているので、初めて見る人にはとても印象的な鳥です。

ところが、一緒に歩いていた人に「このカラス、色が二色に分かれているね」と話すと、意外な反応が返ってきました。
「え? そうだっけ?」「カラスはカラスでしょ?」的反応で言われて初めて気づく人が少なくないのです。
そこにいる鳥なのに、その姿をじっくり見たことがない。この小さな出来事は、「観察する」ということの本質をとてもよく表しているように思えました。
私たちは普段、「見ているつもり」で世界を眺めています。でも実際には、「知っているはずのもの」として脳が自動的に処理してしまい、細部を見なくなってしまうことがよくあります。
「これはカラスだ」
そう思った瞬間、色や形の違いは意識の外に追いやられてしまうのです。
しかし、それでは「科学」は始まりません。
科学は、「あれ?」という違和感から始まります。
「このカラス、なんだか色が違う」「日本のとはちょっと雰囲気が違う」
そんな小さな引っかかりが、やがて「種類の違い」「進化」「生態」「人間との関係」へとつながっていきます。
ネパールのイエカラスは、人の生活に強く依存し、街や市場のすぐそばで生きています。ゴミをあさり、人の動きを読み、都市に適応した「人間社会の中の野生動物」です。その姿をよく見れば、ただの「カラス」ではなく、環境と共に進化してきた一つの物語が浮かび上がってきます。まあ日本のカラスの生活に似てはいますがね。
ツートーンであることに気づくかどうか。それは、単なる色の問題ではありません。
世界を「分類」ではなく「観察」として見ているかどうかの違いなのだと思います。
ネパールの空の下で見た一羽のカラスで、そんなことを考えました。
自分の身の回りにも、まだ気づいていない世界が、たくさん隠れているはずです。問題はそれに気がつく時間、つまりチャンスがあるかどうかなのですよね。建物の中にいてもそんな機会がほとんどないはずですからねぇ。
とかいいながら、さっきの写真、このカラスには何でこんなに水滴がついてるんだろう??
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