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季節外れに昆虫観察

年末年始のネパールは、「昆虫観察」としては大外れの季節。日本と似たような緯度にあるので、想像してもらいやすいはず。
カトマンズは街中を散策しただけなので、昆虫の観察場所はトカルパ村、そしてチトワン。

日本でいえば真冬のフィールドワークに近い・・・膝を痛めるほどの(まだ治りません・・てか悪化中)。

いかにも「何もいなさそう」な雰囲気で、最初は正直、空振りを覚悟していた。

……ところが、である。

歩きはじめてしばらくすると、不思議なことが起きる。「いない」はずの虫が、見えてくる。

葉の裏をそっと持ち上げる。石の影をのぞき込む。陽の当たる壁際に目を凝らす。すると、ちゃんといる。こちらが“見えていなかった”だけだったのだ。

まず現れたのは、カメムシの仲間。乾いた空気のなかでも、彼らは驚くほどしたたかに生活している。気温が低い時期は活動を最小限にして、じっと環境に溶け込むように存在している。派手に飛び回らないから目立たないだけで、むしろ「冬を乗り切る生き方」の完成度が高い。

次に見つかるのは、毛虫系の幼虫たち。
成虫が少ない季節は「昆虫が少ない」のではなく、「成虫を探していると見つからない」ということに気づく。昆虫の生活史を考えれば当然で、多くの種にとってこの時期は“幼虫の季節”なのだ。つまり観察の目線を少し変えるだけで、世界は急ににぎやかになる。

気づけば、完全に理科の教員モードになっていた。この写真を必死に撮影しているときには、一緒に移動してくれていた現地の友達の先生が、この場所に住んでいる人に「まあ、彼は理科教員なので」とwwww


「なぜこの場所にいる?」「なぜこの色なのか?」
「ここは日向か、風の通り道か、湿度はどうか」

虫の数が少ないからこそ、1匹にかけられる思考の時間が増える。
むしろ“多すぎる夏”よりも、生態の理由が見えてくるのはこの季節かもしれない。観察というのは、数ではなく「解像度」なんだなぁと実感する。


一見、静かな風景。しかし、しゃがんで目線を下げると、小さな生命の気配があちこちにある。人間の視線の高さが、自然の基準ではないということを改めて思い出させてくれる。目を凝らしたり、視線を合わせれば必ず何かが見えてくるってことなんだわ。

「虫が少なかった旅」ではない。「見る力を取り戻した旅」だったのだと思う。

同時に「しゃがんで視線を下げる機能」を失ってしまったんだけど・・・膝。

次は、ぜひ昆虫の季節に来てみたい。でもきっと雨季でもの凄く「他の環境」が劣悪なのかも。でも、きっとにぎやかだろうな。まあ同時に、今回ほど一匹一匹を丁寧に見られないかもしれない。そう考えると、この静かな観察の時間は、実はとても贅沢だったのかも・・・。

だって、こうやってクモまでいるんだから、他の虫だっているに決まってるんだよな。

そうそう、昨年度に訪問したときには、チトワンの宿にもの凄く大きな蜂の巣ができていたんだ。それを狙って「ハチクマ」も来ていたほど。今回はすっかりそれがなくなってしまっていて・・・おそらくホテル側で回収でだな・・・残念がっていたんだけれど、最終日に良く見てみると、今年の分ができはじめているじゃないですか。そしてこの後きっとどんどん巨大化していくのでしょうが、去年の跡があるのがまた良い感じだなぁと思ってしまいます。

そうだよな、だって3ヶ月訪問時期が違うんだから、当然といえば当然なのかも。収穫の時どうなっているのかを見たいな。

さて、北海道でもかなり雪解けが進みました。全国の天気予報を見ると、北海道は抜群に寒いのですが、昆虫たちも陽が当たると活動していそう・・・日曜日、イケルかねぇ。

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